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東京地方裁判所 昭和31年(行)56号 判決

原告 武内武

被告 東京都知事 外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は「一、被告東京都知事が別紙目録記載の土地につき昭和二十三年二月二日附でなした原告に対する買収処分及び被告吉野軍治に対する売渡処分は、いずれも無効であることを確認する。二、被告吉野軍治は別紙目録記載の土地につき東京法務局武蔵野出張所昭和二十五年四月十二日受附第一五八六号をもつてなされた、自作農創設特別措置法第一六条の規定に基く売渡に因る同被告の為めの所有権取得登記の抹消登記手続をせよ。三、訴訟費用は被告等の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として次のとおり陳述した。

別紙目録記載の土地は昭和十四年七月十日以来原告が所有していたものであるところ、被告東京都知事は昭和二十三年二月二日附をもつて原告に対し自作農創設特別措置法第三条第一項第一号により右土地の買収処分をなし、更に同日附をもつて被告吉野軍治に対し同法第一六条による売渡処分をなし、東京法務局武蔵野出張所昭和二十五年四月十二日受附第一五八六号をもつて被告吉野の為め右売渡処分による所有権取得の登記がなされた。

しかしながら、右の買収処分は小作農地でない土地を小作農地と認定した点で違法である。即ち、本件土地は前記買収処分当時は登記簿上宅地であり、実際上も戦前郊外住宅建築用分譲地として周囲に大谷石で土留工事を施して売り出されたものを原告が住宅を建築する目的で買い受けたものであつて、当時既に栗二本及びかえで三本が植樹されていたが、更に原告は桜を数本植えて宅地としての体裁を整えた上、家屋の建築を計画したが、折から建築資料の欠亡のため、目的を果し得なかつたのであつて、かゝる状態にあつた本件土地は明らかに自作農創設特別措置法第三条第一項に謂う農地には該当しないものである。

又原告は本件土地につきなんぴととも賃貸借もしくは使用貸借の契約を結んだことがない。然るに被告吉野は農地委員の補助員であつた地位を利用し、武蔵野市農地委員会に対し自己が本件土地の小作権者であるかのように不実の申告をして同委員会を欺罔し、その旨誤信した同委員会は本件土地を不在地と認定して買収計画を樹立し、被告東京都知事は右買収計画に基いて本件買収処分をなしたものである。

従つて本件買収処分は右のいずれの点においても明白かつ重大なかしを有する無効な処分であり、かかる無効な処分を前提としてなされた本件売渡処分もまた無効と言うべきである。よつて被告東京都知事に対し右各処分の無効確認を求めると共に、被告吉野は無効な売渡処分によつて本件土地の所有権を取得する謂われはないのであるから、同被告に対し前記所有権取得登記の抹消登記手続をすることを求める。

被告等主張事実中、原告が昭和十五年の夏作として本件土地の一部に甘藷を栽培し、これを収穫したこと及び昭和二十三年一月頃には本件土地の大半が被告吉野によつて耕作されていたことは認めるが、原告が同被告に対して本件土地の耕作を依頼したとの点は否認する。

二、被告東京都知事指定代理人及び被告吉野訴訟代理人はそれぞれ主文第一、二項同旨の判決を求め、答弁として次のとおり陳述した。

別紙目録記載の土地がもと原告の所有に属していたところ、被告東京都知事が原告主張の日時に原告主張のとおりの各処分をなし、その結果被告吉野のために原告主張のとおりの登記手続がなされたこと、本件土地の本件買収処分当時の登記簿上の地目が宅地であり当時本件地上に栗の木が二本あつたこと、被告吉野が当時農地委員の補助員であつたこと及び本件買収処分が不在地主の小作地との認定のもとになされたことは認めるが、原告が本件土地に数本の庭木を植えたこと、本件土地の現況が宅地であつたこと、原告が誰とも本件土地について貸借関係を結んだことがないこと及び被告吉野が武蔵野市農地委員会に対して不実の申告をしたことは否認する。その余の事実は知らない。原告は本件土地を入手後桜の苗木を一本植えたのみである。又原告は昭和十五年五月頃本件土地を自ら耕作して甘藷を栽培したが、同年秋の収穫後被告吉野宅に同被告を訪れ、「自分で耕作するのも骨が折れるし、現在のところ家を建てる気もないから、次の作からあなたが耕作して欲しい」と申入れた。そこで被告吉野は右の申入に同意し、以後引続き本件土地全部を耕作していた。従つて武蔵野市農地委員会が昭和二十二年五月二十日頃なしたいわゆる一筆調査に際し、同被告は本件土地を原告との使用貸借契約に基き同被告が耕作している旨の申告をなすべきであつたが、同被告は当時右農地委員会の補助員であつた関係上右の申告を差し控えた。しかし同委員会において調査した結果、本件土地は前記のように被告吉野が耕作していることが明らかになつたので、同委員会は同年十二月十五日本件土地を自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当する小作地であると認定してその買収計画を議決したのである。従つて右の買収計画に基いて被告東京都知事がなした本件買収処分及び同被告が右買収処分を前提としてなした本件売渡処分には、原告の主張するようなかしは全くない。

三、(立証省略)

理由

原告が昭和十四年七月以来別紙目録記載の土地を所有していたところ、被告東京都知事が右の土地につき昭和二十二年二月二日附で原告に対する買収処分並びに被告吉野軍治に対する売渡処分をそれぞれなしたこと、及び被告吉野のため右の土地につき原告主張のとおりの所有権取得登記手続がなされてあることは、当事者間に争いがなく、本件土地について武蔵野市農地委員会が昭和二十二年五月二十日頃一筆調査をなし、同年十二月十五日買収計画を樹立したことは、原告の敢て争わない事実である。そして右の買収計画及び本件買収処分のいずれもが、本件土地が自作農創設特別措置法第三条第一項第一号に該当するものと認定してなされたものであることも、当事者間に争いがない。そこで先ず本件土地が右買収計画樹立当時農地であつたか否かについて検討する。

当時本件土地上に栗の木が二本あつたことは当事者間に争いがなく、証人武内ちか、同吉野亀蔵及び同後藤豊治の各証言の一部並びに原告及び被告吉野各本人尋問の結果の各一部を総合すると、次の事実を認定することができる。本件土地は中央線武蔵境駅から歩いて約十分前後の場所にあり、昭和十四年頃土地会社が周辺の土地約二町歩と共に分譲住宅地として売り出したものであつて、原告が買い受けた頃は二本の栗の木が北側の道路寄りに立つて居り、(当時本件土地上に栗の木が二本存在した事実については争いなし。)又東側と北側の道路との境界には大谷石による土留工事が施してあつた。しかも本件土地の北側の土地に住宅が一戸建築されたほかは、前記二町歩に及ぶ分譲地には一軒の家も建てられず、附近の農家によつて耕作され、特に被告吉野は右二町歩の内本件土地を含む約五反歩を耕作し、後には右の土地の耕作に関しても肥料の配給を受け供出の割当に応ずるに至つた。右の状態は前記買収計画のとき迄継続した。但し、原告は本件土地を買い受けた後、東側と北側の道路傍に数本の桜の苗木を植えたが、これらは買収時には一本も残つていなかつた。

証人武内ちかの証言及び原告本人尋問の結果中右認定に反する事実の供述部分は措信し難く、他に右の認定を覆すに足りる証拠は顕れていない。他方昭和二十三年一月頃以後本件土地が耕作されていた事実は原告の認めるところであつて、これらの事実によれば、本件土地は前記買収計画樹立時ないし本件買収処分のなされた当時において自作農創設特別措置法第二条第一項の定義する農地(耕作の目的に供される土地)に該当することが明らかである。従つて本件買収処分が非農地を農地と認定してなした点で無効である旨の原告の主張は理由がない。

次に本件土地が小作地であるか否かにつき判断する。原告が昭和十五年の夏作を自ら耕作したことは当事者間に争いがない。被告等は原告が同年秋被告吉野と本件土地の使用貸借契約を結んだと主張し、被告吉野本人は右の主張事実に符合する供述をしているが、当時耕作の為めに東大久保の住居から武蔵境の本件土地までわざわざ通つていた(原告本人尋問の結果による)原告が、食糧事情の悪化しつゝあつた当時、自分で耕作することを断念して他人に耕作させるに際し、本件土地の生産力に対する執着ないし未練を示すことが当然と思われる(原告本人尋問の結果によれば、原告はその後野菜等の買出の為め神奈川県下まで出かけたにも拘らず、被告吉野方には一度も買出に行かなかつた事実を認め得る。)にも拘らず、被告吉野本人尋問の結果では原告は何らの反対給付(土地の管理ということさえも)をも要求せず、かえつて「事変が激しくなつて来る大事なときだから、一坪でも余計に耕し一本の藷でも余計に収穫しなければならない。そのために無料でよいから本件土地を耕作して欲しい。」と述べて自己の財産を国家目的の為めに他人に無料で使用させたと言うのであつて、このようなことは特別の事情の認められない限り常識上考えられないところである。そして右の特別な事情を認めるに足りる事実は何ら立証されていないから、被告吉野本人尋問の結果中前記供述部分はにわかに措信し難いところであり、その他原告と被告吉野との間に使用貸借契約が成立したことを確認し得べき証拠はない。

他方原告本人尋問の結果によれば、原告は被告吉野の本件土地の耕作について全く何らの形における諒解をも与えなかつたと言うのであるが、右の供述もまた措信し難い。何故なら、証人武内ちかの証言によれば、原告の子息が昭和十九年四月本件土地から徒歩約十五分の距離にある中学校に入学し、以後原告の妻は何度か右の中学校に行つたことがある事実を認め得るし、又被告吉野本人尋問の結果によれば、原告の妻は子息を右の中学校に入学させる為めに同校に赴いた時、序でに本件土地に立ち寄つた事実を認めることができ(証人武内ちかの証言中右認定と矛盾する部分は右被告本人尋問の結果に比して措信し難い。)、又前記証人武内ちかの証言によれば、原告の子息が昭和二十二年秋友人を誘つて本件土地上の栗の実を採取する為め本件土地に赴いた事実を認め得るのであつて、右の事実によれば、原告の妻及び子息は昭和十九年頃から昭和二十二年秋(買収計画樹立前)までの間に少くとも各自一回宛本件土地が耕作されている模様を見て居り、従つて原告もその報告を聞く機会があつたことが推定されるのであるが、右の推定を覆すに足りる事実も、また原告が被告吉野に対しその頃本件土地の耕作について抗議をした事実も、何ら立証されていないからである。

ところで、行政処分が無効であることを主張する者には、出訴期間の制約下にある通常の取消訴訟におけると異なり、行政処分のかしが明白かつ重大なものであることの主張及び立証が特に要求される。これを本件についてみると、前記のとおり原告と被告吉野との間に本件土地につき小作関係が成立したことについて立証がなされないのであるから、本件買収処分には或いは取消の理由となるかしが存在すると言えるかも知れないが、右のかしは、前述のように本件土地の小作関係の存否につき当裁判所が心証を得ることができず、従つて被告等の不利益に判断せざるを得ないという関係からひき出される結論であつて、換言すれば、本件土地の小作関係不存在というかしは通常人の判断において何人にも明白であるという程のものと言うことはできないと言うに帰着する。従つて右のかしは本件買収処分を無効ならしめる程度の明白なものではないと言わざるを得ない。

従つて原告の請求中被告東京都知事に対して本件買収処分の無効確認を求める部分はこれを認容し難く、右買収処分の無効を前提として同被告に対し本件売渡処分の無効確認を求める部分及び右売渡処分の無効を前提として被告吉野に対し土地所有権移転登記の抹消登記手続を求める部分もまたこれを認容し得ない。よつて原告の請求はいずれも棄却すべく、訴訟費用は敗訴当事者である原告の負担すべきものとして、主文のとおり判決する。

(裁判官 近藤完爾 入山実 大和勇美)

(別紙省略)

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